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「住まいの音風景」

「住まいの音風景」

「住まいの音風景」

  「私たちは聴衆でもあると同時に演奏者でもあり、また作曲家でもある」
サウンドスケープ(=音の風景)という概念を提唱した作曲家のマリー・シェーファー氏は、著作のなかでそう書いている。
以前、妻と二人、自宅でロウソクを灯しディナーをした事がある。「たまにはムードを変えてみよう」と突然思いついたので何の準備もせず、食事も普段のメニューでチャンプルーか何かだったと思う。とりあえずテーブルの真ん中にロウソクを一本灯し、照明もテレビも消して静まり返った家の中で食事をした。それでも初めは何か特別な事をしている雰囲気がして「静かだねぇ」とか「台風の時みたいだね」とか話しあいながら食事を楽しんでいた。
けれども、何故か次第にお互いの言葉数が減り、会話のない沈黙のディナーがしばらく続き食事を終えた。その間、何か気まずい空気感と共に、冷蔵庫のモーター音や時計の針の音、猫や犬の歩く音やお互いの食べ物をかむ音などがいつもより大きく聴こえていたのを覚えている。
その後、ある機会にキャンドルナイトイベント中のカフェに行った。そこではキャンドルのもたらす光と影、コーヒーの香ばしい香り、ゆったり流れる音楽に、お客さんは普段よりもリラックスして見え、声をひそめ、ささやき合うカップルは幸せそうだった。店長に自宅での体験談を話すと「音楽ですよ。音楽。キャンドルとムードのある音楽はセットですから」と云われ、同じようなあかりを用いても音楽一つでこうも違うのかと感心し、その時のカフェの雰囲気と自宅での沈黙とのギャップには、音楽の効果も含めて空間と音との関係が少し分かったような気がした。
前述のマリー・シェーファー氏の言葉を借りれば、私たちは様々な音を聴き(=聴衆)、逆にそれらの音を発し(=演奏)、また窓を開けたり閉めたりと気分や状況に合わせて音環境をコントロールしている(=作曲)といえる。
私たちは起きている時も寝ている時もさまざまな音と共に暮している。別の言い方をすれば「音の風景」の中にいる。普段からさまざまな場面で自分の音への接し方や感じ方、自分と他人との感じ方の違い、出した音への反応、また音と空間などとの組み合わせ方や具合など、いろいろと耳を養っていると音の風景が見えてくるかもしれない。
まずはロウソクディナーなどで音を感じてみてはいかが。(Y)

 

体感がヒント!(タイムス住宅新聞掲載)